私が9歳のとき、シード エセックスの兄アントニーが部活でバンドを結成した。その名も“ミンダリ”。親の小言から逃げるように毎日放課後のほとんどの時間をシードのガレージでの練習に費やした。
両親はとても厳格で彼らの言うことが絶対であった。ただ、彼ら夫婦としては互いに心から愛し合い、リビングで仲良くソファに座って映画を見ていることもしばしばだった。そんなとき母の肩を優しく抱いている父を見て私はいつもヤキモチを焼いたものだ.
母は小柄で美しく、よく笑う陽気な人だった。背の高い父のそばにいるとまるで瀬戸物のミニチュア人形のようだった。男前の父はいつもみんなの注目を浴びていた。そのせいで母がヤキモチを焼き口げんかをすることもあったが、結局毎度丸く収まった。
その後もお互いに対する気持ちや情熱が強すぎてケンカが絶えなかった。ついに母は「もう生きているのが嫌になった」と言った。その日から一ヵ月後病気になり、その2年後私の腕の中で亡くなった。そんな情熱的な母から強く生きる精神力をもらった。
「あっテラモトさん、久しぶりですね!」レミは生徒の首に技をかけていた手を放し彼のもとに歩み寄ってきた。
「オグマサ先生はますます綺麗になっていきますね」
「お世辞でも嬉しいわ、ありがとう。ここは空気もいいし、練習もはかどっているおかげね。今日は何の御用ですか?何か特別な御用ですよね。」
「今日はあなたにとって特別な日ですか?」
「はい、父の命日です。」
「ご病気ですか?」
「い、いいえ・・・ 私が殺したんです。」
カリナはびっくりして頭を上げた。
「どうしていまさら私にその話を?」
「予感です。誰かが来る予感がしたけれど誰かは分からなかった。そんなときあなたが現れたから話してみることにしました。」
「どうしてそんなことになったのですか?」-注意深く尋ねたジャケン
「母が亡くなってから私は再び武道の道に没頭した。そして父を亡くしてから自分の武道スクールを設立した。今振り返ると、母の死後、私が大人として立派に自活できるよう父は3年間一生懸命生きてくれたと思う。
父は亡くなる少し前あの人と喧嘩をした。その日私は始めて父を殴った。手の汗と、唾と血の混ざった嫌な感覚を今でも覚えている。私は最悪の気分だったが、驚いたことに父の目は喜んでいるかのように見えた。恐らく私の成長を肌で感じ、安心して妻のもとへ行かれると思ったに違いない。父の思いを即座に悟った私は混乱と怒りから、血だらけになるのも構わずクリスタルグラスを手で潰し割った。
その一ヵ月後、父は私に自分の首を切るよう懇願した。オオガメ島では、正式な許可書と証人2名以上いればそれは許されることだった。」
「それは家族だけに許されたの?」ジャケンは好奇心から聞いた。
「いいえ、特別執行人もいたけど父は私の手で息の根を止めて欲しかったんだと思う。母の死によって彼は蛻の殻となったけど、それでも私の成長を見届けた最後の3年の集大成にその実力を感じたかったんだと思う。
もちろん私にとってそれは大変な挑戦だった。自分でやるべきことをたとえ家族であっても他の人に任せるのは弱虫の印だと若い頃から思っていた。父は私がそう考えていることをよく知っていた。だから私に頼んだら必ず私がやり遂げると彼はそう確信していたのだろう。父の期待通り私は彼の首を一思いに切った。あの日から本当の意味で大人になった。
母の死は武士の魂を、父の死は武士の力をくれた。それが親からもらった遺産のすべて」
レミが話し終わると部屋は深い沈黙に包まれた。
「テラモトさん、私の正直な告白ですっかり驚かせていましましたね。まぁ、話が変わるけど、私はもうすぐ日本に行くからテラモトさんの問題も解決するつもり」
「そうなれば最高ですね。いつお戻りですか。」
「まだはっきり分からないけど、まず明日東京に行くジャケンに準備してもらうね。東京であの人にサポートを頼みたいね。テラモトさんの問題って息子のことですよね。」
「そうです、彼のことがとても気がかりです。ジャケンには勿論、東京に戻ったらなんでも手伝います。」
「そうですね・・ 十年前に私のアドバイス通りにしていたら今頃そんな心配はなかったでしょうね・・」
「今回はもう我慢限界でやる気は満々です。」
レミは手を振って別れを告げ、道場に向かった。太陽が空高く昇り、サボテンに留まったカラスの声だけが楽しげに響いていた。