5月になるといつもの道場が休みになってしまったので、急遽別の道場を探していた。都合よく夏場でも開いている武道塾を近所に3軒見つけた。
ただし、いずれも週3回しか稽古をしていないため、1箇所しか通わなければ練習不足になるし、他と掛け持ちすればなんだか気まずくなる。悩んだ末叔父に相談してみることにした。
「レミちゃん」、そうやって叔父が優しく私を呼ぶのは小言を言う前のサインだった。
「自分のしたいようにすればいいと思うけど、決める前に覚えておいて欲しいのは、どの先生も各々の流派に従って教えているからそれを混ぜこぜにするのはよくないということ。それを区別して習うことができるというならやってみてもいいかもしれない。それと、神経生理学の本も読んでみるといい。」
気難しい叔父と話したあと、マリーにも相談に行った。
「そうね、一般的にはもちろん一つに絞った方がいいと思うけど、あなたの場合は違う流派だからこそ同時にやってみるのもいいかもしれないわね。とても難しいと思うけどあなたは何でもそつなくこなす人だからできるでしょう。 でもそれって素晴らしい才能だけど、同時に普通の人には無いそういう才能はあなたを孤立させる可能性もあるから気をつけないといけないわね。 邪険にされないように誰よりも熱心に稽古に励まないとね。先生達にもあなたがいかに本気かということを示してね。たぶん他の生徒より相当厳しくされると思うけどそれはそれでいいんじゃない。」
「このハードスケジュールどれくらい続ければいいかしら」
「やってるうちに分かってくるわよ。」
そんなアドバイスをもらって、レミはマリーの家をあとにした。
「レミ、なんでミンダリバンドやってたこと全然書かないの?」カリーナはパソコンから目を離し背伸びしながら聞いた。 「だって、あなたがバンドに入った途端人気になったでしょ。それとずっと聞きたかったんだけど、なんで人気絶頂期に世界ツアーとライブ活動を止めてしまったの?」
「まぁ、アルバムは何もしなくてもよく売れてたし、ちょうどその時イギリスに住んでたシードの叔父さんが亡くなって、その遺言によって家や会社すべてを相続した彼はロンドンに行っちゃったのよ。」
「そうだったんだぁ。話は変わるけど日本行きはどうなってるの。なんだか大切そうな手紙、今朝テーブルの上に置いてあるの見ちゃった。」
「あれは世界エネルギー会議の招待状よ。本当はあまり行きたくないけど、最近奇妙な現象が起きてるし、あまり良くない情報も毎日耳にするから行った方がいいと思ってる。そういえばメドヴェドはいつ帰ってくるか知ってる?」
「知らないわ。彼も行った方がいいってこと?」
「いいと思うけど無理でしょう。忙しいと思うから連絡取れれば十分よ。」
「ええっと、もしかして私のことかい?」木の後ろからメドヴェドが姿を現した。
「いつからここに?」レミは怒った調子で聞いた。
「二日前からだよ」
「何してたのよ!」
「あなたを待ってたけど待ちくたびれたからこうして来たんだよ。」メドヴェドはそういって大笑いした。
「あぁ、ゲストハウスで寝てたでしょう。私の大好きなお菓子が少なくなってた理由がやっと分かったわ。」
「あなたこそ自分の部屋で寝てなかったでしょう。この二日間一度も灯りがつかなかったよ。」メドヴェドは言った。
「そんなこと聞くなんて失礼ね。」
「いや、お休みのキスをしたかっただけさ。」
「で、今回の用は?」レミは真剣な顔で聞いた。
「あなたは私に問い合わせたことは思ったより複雑だったんだ。今のところ、真実の解明につながるような有力な情報は無し。どれも噂話程度の話さ。でもみんな口をそろえてオオガメ島に何かがあるって言ってるよ。」
「まぁ、何かあるといつもオオガメ島のせいにするのね!」レミは不満げに言った。
「あなたはどう思うのよ?」
「なんとも言えないね、情報が少なすぎるよ。島の幹部を交代させたいという誰かの目論みのような気もするけどね。そのことをチホニコフと話したいんだけど最近見かけないんだ。」
ふと現れたカリーナは静かにため息をついた。
「おっと、君にもおはよう!」メドヴェドはまた大笑いしながらカリーナの背中を叩いた。
「失礼な人ね!」カリーナは呟くように言った。「湖で泳いで少し頭を冷やしてきたらいいわ。その間にコーヒーを淹れてあげるわ。」
「私もコーヒー!」レミは嬉しそうに言った。
「だめ、あなたにはレモネード。今夜はゆっくりお休み。」
た子供のような顔をした。カリーナは家の中に戻りコーヒーの仕度を始めた。日がすっかり暮れた空には大熊座が見えていた。